梅屋の[産地訪問記](2) 洒落水引(東京都)

 紅白の水引をかけられた、古風な祝儀袋の潔い美しさ。
 水引は和紙を紙撚り(こより)にしたもの、それに繊維を巻き付けているものもあります。祝儀袋や結納飾りなどに豪華に結ばれているのを見ている方も多いでしょう。伝統的な水引細工は日本文化の精神性と深く結びついた、美術工芸品です。
 今回訪ねた『洒落水引』は、伝統的な水引細工の世界とは一線を画す作風。アクセサリーを中心に制作されていますが、梅屋では帯留めをお取り扱いしています。長野県飯田市で製造されている水引を「一度に一万本仕入れることもある」という、水引に魅入られたデザイナー加寿美さんのお話伺いに行きました。
 
 その日待ち合わせ場所に現れた加寿美さんに「おっ」
着物姿を想像していた私たちの予想を裏切って、赤黒のボーダーカットソーに黒のビッグシャツを羽織って登場したからです。小粋でかっこよく、なぜか、奈良の街にいる鹿を思い出しました。
 







『洒落水引』デザイナー荻原加寿美さん(インタビュアー近藤恭子)

目次

「東京であなただけ」という説得から
我が道を行く
着物と水引はセット
<形から入る>タイプです
今、そしてこれからの『洒落水引』
斬新な色使いの、謎解き
 

「東京であなただけ」という説得から
 
『洒落水引』デザイナー荻原加寿美さんの作品を収録した本はすでに3冊あります。
最初の一冊は「はじめての水引細工」(成美堂出版 2014年10月初版刊行 監修:小林一夫 作品:荻原加寿美)です。水引の基本形から加寿美さんオリジナルの手順までのオールカラー図録で構成された、143ページもある美しい本です。
 加寿美さんの水引デザイナーとしての出発は2013年頃です。まだ実績も浅かった作家に声をかけてきたのは、和紙の世界で有名な小林一夫氏でした。「御茶ノ水の手創り市(当時)に出ていたんです、そうしたら全く初対面の小林さんから声をかけられて。若い水引作家を探しているのだ、と」(加寿美さん)「それにしても、よく(そのようは大仕事を)引き受けられましたね?」(店主 梅原麻里、以下梅原麻里)「その当時は、東京で若手の水引作家はあなただけ、と編集の方に説得されて(笑)」
 
 当時、オリジナリティ溢れる水引のアクセサリーを作っている人は珍しかったのです。まさに「水引って何?」というところから説明しなければならないくらい、一般には知られていないものでした。
その後着実に作品を進化させ続け、著作も三冊(文末参考 参照)になりました。水引人気を牽引してきた加寿美さん、パイオニアです。
 
我が道を行く
 
 加寿美さんが考える『洒落水引』の特徴、について聞いてみました。
「難しいですね。伝統的な水引細工はとても素晴らしいものですが、私はそれ以外のものを、と思って作っています」(加寿美さん)
伝統の技は基礎から高度なものまでを習って身につけリスペクトを持ちつつ、自分は現代的な装飾品の制作をする、と言いきっていました。
その言葉の底に、水引という素材への思い入れの強さを感じたのです。今回のお話の中で、何度も「水引は綺麗なものだから」というフレーズを聞きました。美しい水引が大好きで、多くの人に愛着を持って使ってもらいたいと、心から願っている。水引職人でもあった、お祖母様の血が流れていると思わざるをえませんでした。
「こんなに綺麗な水引を使い捨てにしたくない」「枠を決めず、自由にやろう」(加寿美さん)
それが『洒落水引』のスピリットなのです。
 
 「例えば、松や梅という伝統的形でも、『洒落水引』では水引の自然なカーブを活かした方が綺麗だなと思うところは、あえて作り込まない」(加寿美さん)
伝統的なかたちと並べると、違いがわかります。小さな違いでモダンに印象が変わるのです。

▼梅の比較
花芯の数も減らしています、そのほうが今の感覚に合うと思うので。



▼松の比較
松の芽の部分に焦点を当てて、一つの形としてアレンジした作品がこれ。



水引の美しさを引き出すこと、現代の人に使ってもらえること、に心砕いているのです。
 
着物と水引はセット
 
「着物は2010年頃から着だしました。友人の結婚式に着て行けたらいいなと、そんな動機で着付けを習い始めました。そのうち着物はフォーマルなものばかりではないことを知って、どんどんはまっていって」「水引細工も同じ頃から始めて。祖母が残した材料があって、やってみようかなあと」(加寿美さん)
「水引が綺麗と思っても、仕事にすることまでには、なかなか開きがありますよね?」(梅原麻里)「それが、最初から仕事にしたいと思って始めたんです」
着物も水引細工も、長年やってみたいと温めていたそうです。時を同じくして熱が高まっていました。機が熟し加寿美さんの人生の転機となったのです。
『洒落水引』の色の秘密について聞いたとき、着物と水引が加寿美さんの中で不可分だということに納得がいきました。「着物って、色の組み合わせが洋服より幅広く自由ですよね。この帯に何色の帯揚げを持ってくるか?とか。柄の組み合わせとか」(加寿美さん)
  配色を考えることも、着物のコーディネートを考えるときと似ている、と言います。「結局、どれだけ着物にはまっているか、の差ですかね」と配色について語りながら、水引を握る手がしなやかに動いていました。
 
「形から入る」タイプです
 
「一度に一万本仕入れることもあるんです」
「色は今、七十色くらいありますね、今後は百色までくらいには増やしていきたいんです。」「材料と道具は好きですね」
一万本の仕入れとは、百色とは、恐れ入りました。『洒落水引』の気合です。
 
その水引は、アトリエにこのように保管されています。
 
▼水引保管場所



水引を愛してやまないとはいえ、生業にしていないとできないことです。
作風をコピーした商品についても「コピーする方も大変じゃないかと思うので、せっかく手間をかけるなら正々堂々とオリジナルのものを販売すればいいのに、と思います。趣味で手を動かすことと、作品を販売することは違うので。作品の製作方法は明かしていない部分も多いので、完全なコピーは無理だと思います」(加寿美さん)
正々堂々と自分の道を切り開いてきた加寿美さんの言葉が、心に重く響きました。
 
 製作の道具を見せてもらいました。
 複雑なものはなく、まずはよく切れる刃物。乾かす時に使う小物たち。
しかし、作家の道具にはこだわりとリスペクトが詰まっています。日用品を転用したものにも「これがなくちゃ」という愛着を感じます。

▼やさしく埃などを払う刷毛

 
▼鋏類、両面テープを切るためのフッ素加工鋏なども

 
▼刃が鋭い喰切(くいきり)は、ワイヤーで作った木の枝などを切る

 
▼パーツを乾かすための「能作*」自由に形が曲がるので、パーツを置いたり挿したりに便利なのです。

 
▼洗濯バサミも乾かすための重要な道具


▼小皿にもセンスが
「西荻窪の古道具屋で買ったものが多いんですよ」

 
*富山県高岡市の鋳物メーカー。デザイン性の高い意欲的なモノづくりで知られる。
 

今、そしてこれからの『洒落水引』
 
▼最近は髪飾りの注文が増えています。



 
 髪飾り作品は、細かいパーツを数多く組み合わせて作る精巧なもの。
そして、髪につける装飾品ゆえに、安全に、長く使ってもらえる強度も出るように、オリジナルの技法を編み出しました。基本的にワイヤーは使わず、ボンドや両面テープでしっかりと固定します。ワイヤーは抜けやすく、また身体に刺さる危険もあります。手間はかかりますがせっかくの綺麗な水引、長く愛着を持って使って欲しいのです。
 そして振袖のお嬢さんに選ばれていくことがとても嬉しい、とにっこり。「振袖も髪飾りも、一度きりではなく何回も楽しんでくれたらいいなと思います」(加寿美さん)
 
 「困っていること」は、なんでしょう?
「作り手を増やしたいなと思っているんです」「一人でやる限界、を感じますね」「やりたい事があっても私は一人なので」
それは、ため息のような吐露でした。
「人気作家さんの共通の悩みですね」(梅原麻里)
「『洒落水引』は私流のものなので、ちゃんと作り方から教えていきたいんです」
「だから、作ってくれる仲間を広げていくのが、今後の課題であり展望ですね」(加寿美さん)
 
斬新な色使いの、謎解き
 
 梅屋に入荷する作品でワクワクするのが、その配色の斬新さと色名の美しさです。
夜間拝観という作品がありますよね。(2022年秋に入荷した帯留め)すごく面白いな、と思いました」(梅原麻里)
 紺色から赤へという意表をつくグラデーションが、大変美しい作品です。

▼帯留め 夜間拝観


 季節の情報、身の回りの自然、特に植物や野菜、花などからインスピレーションをもらうものが多いのだと言います。「身近なところに、美しいものがたくさんあるので」(加寿美さん)
 
 いや、まだ秘密はある、という疑問を抑えきれませんでした。
なので、好きなアーティストについて聞いてみると「昔からモネが好きでしたね」「印象派の絵って不思議ですね、隣り合う色がお互いに影響を受けている」
そうだったのか!
加寿美さんにモダンな着物を着こなしているイメージを持っていたので、印象派好きとは意表を突かれました。
「同じ色でも、配置を変えただけでこんなに印象が変わるんです」


隣り合う色が反発したり溶け合ったりするさまを楽しんで、製作していたのですね。そういえば、モネも印象派の絵画を世に送り出した先駆者です。頭の中で「クロード・モネ 睡蓮」の光の点が無敵に笑いました。
 
 作品につける独特の色名も、視覚で感じる色の印象と名前のイメージを二度楽しんで欲しい、と思って付けているのだそう。
身につける人に、自由にイメージを膨らませて欲しいと願って付けている、名前。作品を身につけることと共に楽しんでいただけたら嬉しいと、加寿美さんの目がいたずらっぽく微笑んでいました。
 
『洒落水引』のDNA。水引職人でもあった多才なお祖母様の日本画が、加寿美さんを優しく見守っていました。

 
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2022年10月27日訪問 
記事:近藤恭子



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